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介護施設のドーナッツ窒息事件のジレンマ

事故のリスクと生活の質のバランス

施設探しのために、いくつかの特養にお邪魔してお話を聞いた際のことです。料金表に”おやつ代”がないので聞いてみると、担当した方は『食事が管理栄養士によって管理されていて、栄養は十分に足りているので、おやつは当施設では出していません。」との返事です。

後でその話題について姉と話した際、あの担当者はきっと優等生だったに違いないと、ぼそりとつぶやきました。私はまるで機械でも取り扱うような事務的な回答でありながら、攻める言葉も見つかりません。高齢者施設では安全や安心を守ってもらえるだけでもありがたいのだと、無理に自分を納得させてしまいました。

長野県安曇野市の特別養護老人ホーム(以後、特老と記す)で起きたドーナツ事故の判決が、有罪から無罪になって、ほっと胸をなでおろします。きっと一審の有罪判決のままだったら、上記のようなおやつを出さない施設は、どんどん増えたに違いありません。

ドーナツと飲み物

この特老で起きた事故で、介護の質について考えさせられました。

普通の人間だって事故に遭う確率はある

この事故から思い出すのは、お正月にお餅を食べてのどに詰まらせて死亡する事故です。


私が子供の頃は、お正月にこうした事故のニュースをよく耳にしたものですが、最近では、お餅の食感に似せた代替品が作られたり、お餅そのものを食べなくなって、このニュースを耳にすることが少なくなりました。

誤解を恐れずに書いてしまうと、お正月にお餅をのどに詰まらせて亡くなったとしても、私的には「いいじゃない」って思うわけです。私だって生きていれば全ての事故や事件を避けらる保証はないし、だからと言って交通事故が恐ろしくて外出できないなんて生活はできません。

母が入退院を繰り返して多くの病院に触れ、施設にも入所して、いずれの場所でも必ず感じることがあります。それは、事故対策に関して非常に神経質だということです。

1件でも転倒事故があれば、まだまだ歩行が安全な他の入居者も、今まで以上に細心の注意が払われます。極端な例だと歩けるのに、車いすで移動とかになってしまうこともあります。朝礼などで注意喚起をして、施設職員の多くに対策を徹底させています。

もっと、自由に過ごしたいと入居者は願っているかもしれません。のに。。。

神経質しすぎる安全対策の原因は、介護施設や医療機関への訴訟件数が増えたことと、インターネットで個人が施設側の不満を自由に投書できるようになったこともあります。評判を下げたくない、何かあって責任を負わされたくないといった気持ちが、神経質な対応に繋がるのは責められません。

でもだからと言って、安全管理がおろそかな施設はやっぱり嫌で、『事故のリスクと生活の質のバランス』を、どう考えたらよいかジレンマに陥ります。

これは施設介護に限ったことではなく、在宅介護であってもその介護者は、この二つのバランスのジレンマで悩まされています。最初の例でいえば、お餅を食べさせるべきか?安全を期して代替品で我慢してもらうかです。

もっと言わせてもらうと、高齢者でなく小さな子供であっても、安全管理と生活の質についてはジレンマなはずです。ただ、小さなお子さんはいずれはリスクが低くなり救いがありますが、高齢者は逆です。今を楽しんでもらいたいと、切実に思うわけです。

安曇野市の事故を振り返る

事故は、2013年12月に起きました。准看護士は介護職員からおやつの配膳を依頼されて、85歳の女性にドーナツを渡しました。女性は食べた後に一時心肺停止になり、約1カ月後に低酸素脳症で死亡します。

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施設側と遺族の間では示談が成立しましたが、検察は被告を業務上過失致死の罪で在宅起訴しました。

一審判決

一審判決は、施設が事故の6日前に女性のおやつを固形物からゼリー状のものに変えたことを記録した資料の確認を怠った被告の過失により、女性が窒息死したと認定して有罪としました。

争点となったのは「窒息死を予見できる可能性があったかどうか」です。

一審ではおやつの形態によっては生命・身体に危険が生じる可能性があり、間違って配膳すれば死亡もあり得ることを十分予見できたと判断されました。

高裁判決

2020年7月に東京高裁は一審の有罪判決を破棄し、逆転無罪を言い渡します。

高裁判決はこの資料について「介護職員間の情報共有のためのもので、看護師が全ての内容を把握する必要はない」と指摘。被告は介護職員からおやつの内容変更を伝えられておらず、女性が事故1の週間前までドーナツやまんじゅうを食べても窒息などの自体は起きていなかったとして、死亡を予見することは困難だったとしました。

さらに判決は、食事の提供は「健康や身体活動を維持するためだけではなく、精神的な満足感や安らぎを得るために重要だ」とも述べ、被告がおやつの内容変更を確認せずドーナツを提供してことに刑事責任は問えないと結論づけました。

弁護側の供述によると

弁護側の供述によると、ゼリーへの変更は窒息防止ではなく、消化不良を防ぐためだったそうです。准看護士は女性の事故時、別の全介護が必要な人につきっきりの状態でもあり、注意義務違反を問うのはもともと困難な状況でした。

死因についても問題提起しています。検察側は女性が心肺停止状態に陥ったのは、ドーナツを食べ口や気管に詰まらせ、窒息したことに起因すると主張しています。

弁護側はドーナツによる窒息ではなく、おやつ時に脳梗塞を発症したためといいます。死後に撮影された頭部のコンピューター断層撮影(CT)画像の検討結果から判断されました。この主張が説得力を持つのは、複数の脳神経外科などの画像専門家が「脳梗塞が原因」との鑑定書を提出しているためです。

CT画像では脳梗塞が先行しているので、ドーナツを食べて窒息した脳の異変ではありません。ドーナツの提供と死亡との因果関係は否定されました。今回の事故は、刑事事件ではなく、病死であったことが明らかにされました。

介護の萎縮は高齢者の生活の質を低下させる

この事故の問題は、施設内の介護で個人が刑事責任を負わされそうになったことです。

2014年に一審判決がなされ、高裁判決までの6年半の間、介護の仕事で刑事責任を問われる恐怖が現場にのしかかりました。いや高裁判決が出た現在も、少なからずそのショックは残っているはずです。

この事故のあと介護現場では、おやつの提供を控えたり、一律にゼリーにするなどの対応を迫られました。

職員は日々試行錯誤を繰り返しながら、楽しめるおやつやレクレーション、運動などを高齢者に提供しています。こうした事故がおきることで、「危ないからやめよう。」となってしまう危険性もあります。新聞では介護現場の萎縮と表現していましたが、高齢者の楽しみを減らしてしまっています。

そもそも介護現場において過失致死罪(殺害の意思がない状態で相手を死亡させてしまうこと)で、個人の刑事責任を問うこと事態どうなのでしょう。

高齢者施設では誤嚥性肺炎や転倒などが事故が起こりやすい場所です。加えて人手不足が慢性化しています。介護の仕事は機械的になり、高齢者の人間らしい生活の質が徐々に失われていく不安があります。

預けている家族としては、レクレーションの内容や介護師との会話を得意げに話す親を見るのは楽しいものです。本音は多少の危険があっても、楽しく暮らしてもらいたいものです。(異論や誤解を招くかもしれません。)

過失致死の事故の場合の責任は、せめて施設や病院が負うべきなのではと思うのですが、どうでしょうかね。

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