和田行男氏の”大逆転痴呆ケア”を読んだよ。

介護技術って進歩している

かねてから気になっていた和田行男氏の本を読んでみました。和田行男氏は、国鉄職員を辞めた後、グループホームの職員に転職した方です。数多くの痴呆老人を、元気にさせた、カリスマ的な手法に多くのメディアで取り上げられています。バインダーとペン

徹底的に介護のプロになる意味

先日NHKの『認知症800万人"時代母と息子 3000日の介護記録 NHKスペシャル』のも、ゲストとして出演されていましたね。

この本って、2003年に発行されたものなんですね。なのに、今読んでも斬新で新しく感じるのは、まだまだ和田行男氏の思想が、浸透されていないのですね。すっごく勿体ない事って思います。

介護技術みたいなこと共有できればね

介護現場にも、コミュニケーション技法とか心理学とかいった手法があえいます。時々、『あっ、これそうかな?』と気づくことがあって、そんなテクニック的なことを多くの人が知ればいいのにと思うわけです。

否定しないで注意をする

ひとつ、母が通うディサービスで、印象的な介護さんの言葉を思い出しました。その言葉を聞いた時、『あ~プロだな』って思ったのです。母としては、介護さんの言葉を伝えただけなのに、その言葉を聞いた時、私と旦那が息を飲んだので、母は”きょとん”とした表情です。

それは、ゲーム終了後も痴呆の方が、ゲームで使った棒をいつまでも離さず、その棒で机をたたき続けていたそうです。周囲はうるさいし、イライラするけど当の本人はやめません。>母や他の利用さんまでも、その棒でたたきはじめます。

普通なら、『止めなさい』とか、『駄目』とかいった否定語で、当人を叱ってしまうはずです。だって、周囲の人の迷惑になっているんだから、仕方がありません。

でも、『たたくのは、もう終わり、おしまいね』っていったそうです。普通じゃないの?いいえ、すっごいって私は思いました。

どうしても、棒で机をたたき続けている方を攻めてしまいますもの。相手の人格を尊重して、行動を否定することなく、困った行動をやめさせる、言葉の話術なんですね。

介護現場は結果を出しているよね

こうした言い回しは、学校で学ぶのか、先輩の対応を見て見よう見まねで覚えていくのか知りません。でも、介護の現場は結果を出してくれているって、母をみていて思うのです。母はディサービスに通うころと比べると、年齢的なボケは進行しているはずなのに、身なりは清潔になり以前より話やすくなってきました。

介護士は業務遂行マシーンじゃないよ

和田行男氏の本を読んで、同じことを感じます。介護にも技術があるんですよね。

人を扱う仕事であっても、全然人のことを分かっていない人って多いですね。いじめの謝罪会見での教師の発言を聞いて、本当に子供の教育のために責任感を持っているのかしらと、疑いたくなるような言動があります。目にすると、悲しくなります。

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そんな時に思うことは、所詮、教師とてサラリーマン。決められたカリキュラムを難なくこなすという、意識しかないのだということです。介護士とて同じように、痴呆症の方の身の回りの世話を機械的に行っていると思い込んでいました。

和田さんはこの現状を、”業務遂行マシーン”と言っています。なるほどと感心して、”業務遂行マシーン”をメモします。

ただ、和田さんの介護術は、誰かに教えてもらったことではなくて、一人ひとりの高齢者に接していく中で、体得した和田さん独自で編み出した技術のようですね。

人によって異なる響き合いの音色で、介護方法を決める

和田さんは、高齢者の発信する言葉、行動、しぐさと、それに応える職員とのやりとりを”響き合い”といっています。とっても綺麗な言葉、次のメモは&、”響き合い”。

響き合いは職員とだけでなく、入所者同士、グループホームの近所の方たちとのかかわり合い等もそうなのだそうです。勿論、物とのかかわり合いもそうです。

接する人によって響き合いは、組み合わせによって、異なってきます。響き合いの音色を聞きながら、新たな響き合いのきっかけを作ったり、塞がれた記憶の扉を開けていくのです。それが、和田さんを含めた、グル―プ―ホームの職員の役目だと言います。

素敵!ここまで徹することができる人って、いるんですね。

介護技術だけでは駄目ってことか

介護世界にも、マニュアルや標準化はある程度必要だし、先人の知恵はどんどん取り入れていくべきって思うけど、それだけで乗りきれるはずはないって思っています。人間って十人十色なので、そんな簡単なものではないはず。

そういったことについつい面倒だから、”業務遂行マシーン”に徹して決められたことだけをやってしまうんですよね。血のつながった娘の私でさえ、そうなのだから他人なら尚更です。

痴呆老人だって人間らしく生きたい

痴呆老人に対する扱いは、格段に上がってきています。かつては精神病院に封じ込めておいた時代から、今では有料老人ホームでも軽度であるならば受け入れてくれる時代にまで来ています。

でも、まだまだ、介護現場の意識を変革していかなければ、人間らしい生活を営むことができないのです。和田さんは今の特養に入居している高齢者を、動物園の檻の中に入れられた動物と同じと言っています。私が同じ立場になれば、人間らしく生きたい。檻の中で餌を与えられ、他人に決められたスケジュールどおりに生活をしたくないと思います。

和田さんの本を読もう!介護のあり方や、今後増え続ける痴呆老人の介護のあり方を、真剣に考えてください。

(注) 本の題が”痴呆”なので、痴呆に統一してみました。現在、痴呆は差別用語として認知症と言う言葉に変わっています。言葉だけ変えても、本筋が変わらなければ、同じなのにね。)

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