認知症患者への対応に共感できる、和田行男さんに接し方を学ぶ

認知症と共存できる暮らし

ゆっくりと時間が流れていく高齢者の生活に、時間に追われて働く若い方が合わせるのは難しいのかもしれません。加えて、理解力も記憶も切れ切れの状態であれば、時として、理解不能な言動に悩まされることになります。

よくお子さんを持ったお母様が、『子供は全く予想がつかない。』と言われますが、高齢者で認知症が入ると全く同じ状況になります。若い方も自分の生活を守るために、高齢者自身にも居心地良く暮らしてもらうためには、どうすればよいのかと思案のしどころとなります。高齢者施設の食事

高齢者の自己表現をしっかりと受け止めたい

ひとりひとりの人間は、自由意思で動いています。でも、社会生活では、多くの規則や体裁、慣習があるために、同じような会話をし、ほんの少し社交辞令を交えながら、人と接しています。

年をとると子供に帰るといいますが、老人はどんどんと自由奔放になり、周りの目を気にしなくなっていきます。好きや嫌いが、行動の全ての原動力です。周囲の人は、予想外の発想や行動失礼な言動にとまどい、混乱してしまうのです。

これを、自己実現と表現した、和田行男さんにも、とまどいました。でも、そうした落としどころしかないのが、介護現場の現実です。理屈で心を捻じ曲げるより、あえて突き放してしまう方が楽ですよ。

和田行男さんって

和田行男さんとは、社会福祉士、介護福祉士などの現場を経て、現在多くの介護の講座で講演をなさっている方です。独自の視点と、介護現場に対する鋭い問題意識、年寄りに対する核心をついたケアの方法が、同じ介護職の方に共感を呼んでいます。

この和田行男さんが、先日、認知症きらきらネットの動画で、私が言う、年寄りが子供に帰ることを、別の意味で『自己実現』と言っていました。(参考URL: http://www.youtube.com/watch?v=ZH2hQqJMpG0)

衝撃的な話

和田行男さんはこう話しました。

『初めてグループホームに訪れてみると、畳の上に自分がしたうんこを食べている爺さんがいた。これは凄いと思ったね。通常、人は、脳が壊れていないばっかりにできないことが沢山ある。脳が壊れていたらうんこまで食べれる。人は、人目や色んな事を気にして生きているけど、脳が壊れるとストレートに本能のまま生きていくことができる。これは、自己実現!なんじゃないかと思う。普通の人は、色んなことに阻まれて自己実現できない。』

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出来ない事を手助けする

和田行男さんは、元々は理系の方だったそうです。お年寄りに優しくしなさいということは、一体どういうことなんだろうと、国鉄の電気修理工から福祉の世界に転職した時そう思ったそうです。

優しいが理解できなかった、和田行男さんは、『単にトイレに行きたくても行くことができないお年寄りを、トイレに行けるようにしてあげる』と考えると、簡単になると感じたそうです。トイレに行きたいと思う、起き上がる、立ちあがって歩くといった手助けをしていけばいいからです。

なるほどね。

書籍の事例以上に、介護現場は色々ある

よく、認知症の接し方とか、認知症患者への対応とかの本で、こういう言動をとったら、こうしなさいとか、こう言いなさいとか書いてあります。でも、認知症患者の思考や発言は多様で、事例に書かれていない事ばかりです。介護人を困らせたり、プライドを傷つけられたりして、困惑して大声を上げたりすることの方が多いはずです。認知症は、決して同じ症状の方同士で、パッケージ化することができるものではないのです。

でも、30分前に食事を食べたばかりなのに、また食べたいと言った時、『この婆さん、時間の慣習にとらわれずに、自由奔放に生きているじゃないの?これは、自己実現かぁー。』って、考えると次の行動はしやすくなります。

心や思考に柔軟性を、持たせることができるからです。たとえ、食事でなく他のことであっても、まず相手の人格を丸飲みしてしまう、その後でさて、介護人との関係の距離に従って対応をしていけばよいだけのことです。

高齢者自身の気持ちを大切にする

和田行男さんは、認知症施設を運営しながら、できるだけ自分で出来ることはさせるようにしていると言います。施設のカギは、昼間は開けっぱなしで、高齢者が出入りの時に知らせる警報で、付き添いが必要な方は付き添うそうです。危険は承知だといいます。

認知症は、1から10まで何もかもして上げるのではなく、やりたいことができるようにサポートしてあげる、そんな気持ちで付き合っていけば、きっとうまくいくに違いないって感じさせる何かを教わることができる人です。

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