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そこにあるのは家族の敗北感

家族が倒れるなんて、誰も予想していません。
多く人は、大変な事態に巻き込まれていき、身内の介護に追われて、その苦労は語られることなく闇に埋もれていきます。

この頃は、脳梗塞や脳卒中で倒れた場合、できるだけ早く体を動かした方が良いといわれはじめて、徐々に家族の対応も明らかにされてきています。
いざという時のために、知るべき情報は知っておくべきです。
青い花束

母の回復状況は想像以上に早かった

脳梗塞を起こしてんかんに至った母は、最初はほとんど言葉を発せられずに、話しかけても、会話の意味が理解できていないようでした。

とりあえず、誰かが話しかけると、母の声とは思えない、ほえるような低温で『はい、はい』と返事をします。

10日間ほどして、ビックリするほど回復し、正気も取り戻し会話もできるようになったのです。

車椅子にのり、母と病院の庭で会話をよくしました。
この時は、母自身もどうしてここにいるのか、ことの事態が良く理解できていないようでした。

しかも、ミトンはまだつけたままです。
『お母さんは、ミトンが嫌で嫌でしょうがなくて、ミトンをつけようとする看護師さんをたたいた』と告げます。
ろれつの回らない口で、一生懸命訴えます。

当初、目が離せないと言う事で個室に入っていましたが、病状の回復に伴い、個室から床室に移されます。
床室に移りはじめて、入院している病室がどんなところか、事態の深刻さに気づくのです。

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話せるかどうかは、意識が回復してわかる

ここの病棟に通いながら分かったことは、倒れた後、意識を取り戻せるか否か、話ができるか否か、歩けるか否かは、時間だけが知っているということです。
私は、決して偽善者ではありませんが、生命をとりとめたら諦めてはいけません。
回復の度合いが、家族の今後の生活に大きな影響を与えます。

母がいる病棟は、脳梗塞、脳卒中で倒れた人ばかり。
その状況に、否応なく家族に敗北感を味わうのです。

ベッドが足りなくて他の科より回された人を除いて、ほとんどの人は尿パックをベッドの脇につけています。
鼻チューブなどの管でつながれ、意識はなく見舞いに来た人も会話がほとんどできずに、帰っていく状況です。

隣のベッドでは、言葉を発しない母親にイライラした娘が、母親の友達の名前を何人かあげ話しかけます。母親の頭の状態が、心配なのです。
『●△さんのこと、覚えているの?覚えていないの?どっちなの?』
母親の声を聞けないとなると、看護師に、一体いつになったら母は、話ができるのかと問い詰めます。

その強い口調に、看護師は困惑しながら答えます。『そう言わないでください。ココまで回復したのも奇跡なのですから』と。

私の母が退院するまで2週間以上、このお母さんの状況は変わりませんでした。
私が、病室に入ると必ず、この娘さんに合いました。
きっと気の毒に、寝たきりとなるのではと考えるのです。本当に気の毒です。

頻繁に訪れるヘルパーが、2人がかりでベッドから車椅子に乗せる掛け声、おしめをとりかえるのにカーテンを引く音が、耳に焼きつきました。
この方が家に戻れば、誰かがこの作業を毎日、数回行わなければなりません。

母はことの深刻さが理解できていなかった

大変なところに来てしまった!
こんな悲惨な中で、母は一番話ができて、食事も一人で食べられることを得意になって話しています。
そんな母を見ながら、母が子供にかえってきているのを、意識していました。

 

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